会員さんのALS的日常 Vol.2 ―― 奥井学さん
今回、出雲市に在住の奥井学さんにお話をうかがった。奥井さんは、いまから五年前の平成二十二年九月、六十二歳のときにALSの診断を受けた。
山陰放送が制作し平成二十四年二月に放映されたドキュメンタリー「生きることを選んで」を見た方は、奥井さんのことを覚えているのではないだろうか。このドキュメンタリーは、現・ALS協会島根県支部副支部長である谷田人司さんと、その奥さんである佳和子さんの活動にスポットを当てた番組であった。この番組の中で谷田さんとたびたび語りあっていたのが、奥井さんである。
奥井さんは発症以来ずっと、気管切開をせずに生活をされている。番組撮影時から四年が経った今、たしかに病状は進行し、呼吸を助けるマスクと唾液を吸引するチューブを常時付けるなど、しばらく上体を起こした姿勢でいること自体も苦しそうなご様子であった。しかし、お話の内容はどれも筋道がとおっていて、聞いているうちに、息苦しい状態でむりにお話をしていただいていることをつい忘れてしまうほどであった。
以下、ほかの患者さんの参考になればと、具体的なアドバイスを含めて、奥井さんがしてくださったお話を紹介したい。(インタビューと構成・諸岡了介)
1.これまでの経過と現在
ずっと出雲市に暮らしてきて、病気になる前は食品関係の会社に勤めていました。平成二十二年九月、六十二歳の時にALSの診断を受けました。このときはまだ少しは歩くことができましたが、仕事を続けることは難しく、会社に迷惑をかけるというので退職願を出しました。
発症から五年が経ちますが、だんだんと筋力が弱くなってきて、寝ている時間が長くなってきました。自宅から施設に移ったのは、二年前。昨年は肺炎に苦しみ、それ以来また誤嚥で肺炎になることを防ぐために、唾液の持続吸引を二十四時間行っています。
外出するのは半年に一回、病院に検査へ行くときぐらい。ほかの患者さんに自分の経験を話してあげたいが、なかなか難しい。
2.ALSとの向き合い方
テレビなども見るけれど、今は、体調が良くなることが一番の楽しみです。体調がいいときは気分もいい。それから、新しい治験の情報ね。私の場合、ヘルパーさんにパソコンで情報を調べてもらって、新しい治療方法の開発状況や、薬の存在などを伝えてもらっている。新しい、いい情報があると、それが一番励みになりますね。
私は、発症の当初から、病気の進行が早いか、新しい治療法ができるのが早いか、これが競争だと思って、できるだけ進行を遅らせるように努力してきました。最初から、気管切開をするつもりはなかったです。呼吸困難になってしまったら、それが私の寿命だと。もし、あと一年か二年で治療薬ができるというのであれば、気管切開してもいいとおもう。だけど、分からないでしょう。アメリカで幹細胞移植の治験を進めているそうですが、まだ時間がかかるという話です。
というのも、ALSというこの病気は、難病で、苦しくて、もしコミュニケーションがとれないような状況になったら、私は耐えられないです。コミュニケーションが取れれば、かゆいところや痛いところを伝えられるし、暑いとか寒いとか訴えて、エアコンの調整だとかもしてもらえますから。病状が進んでいく不安や苦痛を語ることについてもそうです。だから、切開している患者さんは、本当に、がんばっておられるなあとおもいます。
[補足/気管切開をした患者さんのコミュニケーションについて:気管切開をすると声が出なくなるため、患者さんはそれぞれのやり方で意思疎通を図っている。手の自由がきく場合は筆談、そうでない場合は文字盤の使用や、タッチセンター等々の器具を使ったパソコン入力といった方法がある。]
3. 他の患者さんの話を聞くこと
もしALSの診断を受けたら、いろんな患者さんの話を聞いた方がいいです。私も、景山(敬二)さんや谷田(人司)さん、先に患者になられた方のお話を聞いて、参考になることが多かったですよ。患者さんも症状も人それぞれなので、直接会ってみないと分からないことがたくさんある。
珍しい病気なので、病院や施設でもALSのことを詳しく知っているとはかぎらない。たとえば、ALSの教科書(『新ALSケアブック*』)を見ると、肺活量が四〇パーセントを切ったときが気管切開の目安だと書いてある。ところが、私はとっくにもう、一〇パーセント以下ですから。この呼吸器を外すと声が出ません。だけどこうやって切開していないわけですから。人それぞれ症状がちがう。また、今はカフアシストという痰吸引の機械があって、これを使うと、のどに穴を開けて吸引せずにすむというのも理由のひとつです。こうした機械の進歩もある。
[補足/カフアシストについて:咳をする力が弱くなり、排痰が難しくなったときに、気道に圧力をかけて気道内の分泌物を除去するのを助ける器具。マスクでも気管切開でも使用可能とのこと。]*編集註:日本ALS協会発行 問い合わせは協会本部事務局へ
細かい新しい器具や、ちょっとした工夫についても、やっぱり実際に見たり聞いたりしなくては分からない。たとえばね、呼吸器から出ているこのホースがあるでしょう。これは軽いタイプなんですが、このタイプがあることを知らずに、重たいのを使っている方もおられると思うんですね。ベッドやエアマットひとつとっても、いろいろな種類がありますから。
あるいは、目が涙目になるときにはこういった目薬がいいとか、マスクをしていて痛いときにはこういう薬がいいとか、首や肩が凝るときはエレキバンの強いやつや湿布がいいだとか、そういった事柄もそうです。
4.アドバイスと提言
具体的なことを言えば、リハビリを最初からきちんとすることです。気がついたら首が動かないとかね、関節が硬くなる前にやらないとだめですから。これが一番大事かもしれない。私は午前と午後、リハビリのために手足を動かしてもらっています。毎日。だから、硬くならない。
新しい患者さんやご家族がこういった話を聞けるよう、保健所や難病センターで、話をしてくれる患者さんのリストをつくったらいいと思う。JALSAを読んで情報を集めることも役立つから、まだALS協会に入っていない患者さんに入会をアピールしていくべき。新しい治療方法などが書いてあると励みになりますし、支部総会でもそういう話をされた方がいいと思いますよ。
[補足/日本ALS協会のまとめによると、平成二十七年九月現在で、島根県における協会を通じたALS患者組織率は二〇パーセントちょうどとのこと。]
【お話をうかがった感想】
これまでの五年間、気管切開をしないという判断の下に、ALSという病気に対してきた奥井学さん。このような厳しい状況に身をおかれながら、少しも投げやりなところのない姿勢が印象的であった。
写真の撮影と掲載をお願いした際にもすぐにご快諾をくださり、「私の現在の状態をみなさんに知ってもらった方がいい」というご判断から、呼吸マスクをつけた状態で写真を撮らせていただいた。さりげないことかもしれないが、外への発信を厭わないこうしたオープンな心ひとつにも、奥井さんの芯の強さが感じられた。
お話の中で患者間のネットワークの大切さを述べられていたが、このように病気と向きあいながら生活をされている奥井さんの存在自体が、他の患者さんやご家族にとってもきっと大きな力になるはずと感じたインタビューだった。