保健師さんに聞いた、浜田市・江津市の療養環境
島根県は大きく分けて、東部地区(出雲)・西部地区(石見)・隠岐地区の三つの地区からなっている。ところが、島根県は東西に細長いかたちをしているにもかかわらず、県庁所在地の松江市が東端に位置していて、人口の7 割近くが東部に分布する「東高西低」の状態となっている。
日本ALS 協会島根県支部では地区間の偏りはいっそう極端で、現在のところ患者会員はすべて東部地区の住民であり、西部地区や隠岐地区の患者会員はひとりもおられない。島根県支部としては、東部地区以外の患者さんやその療養生活の様子がよく分からないことが、積年の懸念事項となっている。
昨年(2017 年)には、ある新聞記者の方から西部地区のALS 患者さんについて取材をしたいという申出もあったが、取材可能な患者さんがおられないということで、記事を書くのを断念したという経緯もある。そこで今回は、浜田保健所の医事・難病支援課の保健師さんに様子を伺うべく、2018 年9 月18 日に浜田保健所を訪ねた。
(取材と構成・諸岡了介)
1.患者さんと医療機関の概況
島根県内には90人のALS患者がいるが、西部地区在住の患者は22人である(2018年1月時点でのデータ 平成29年度島根県難病等対策協議会資料「県内ALS患者状況」より)。西部地区のうち、浜田保健所が管轄しているのは、浜田と江津の両市域である。
この地域には、規模の大きな医療機関として浜田医療センターがあるが、常勤の神経内科医はおらず、隣の地域にある益田赤十字病院の医師が非常勤として外来をしている。こうした状況にある浜田医療センターでは、長期入院およびレスパイト入院について現在の受け入れはない。レスパイト入院をしたい場合は、益田赤十字病院か、江津市の方にある済生会江津病院に頼むことになるが、浜田市からとなると、それぞれ20㎞および40㎞程度の道程となる。距離としては江津の済生会の方が近いが、ふだん浜田医療センターで益田赤十字の先生にみてもらっている患者さんは、益田赤十字の方に行かれるという。
人工呼吸器を着けた患者を含めて、長期入院先としては、浜田市の山根病院が多く患者を受け入れており、江津市側の機関では済生会のほか、もともと重症心身障害児施設である西部島根医療福祉センターが受け入れ先となっている。
精密検査などが必要な時は、浜田市在住の患者さんは隣県の広島まで出るという。浜田市から県庁所在地の松江市までは、2時間以上の時間がかかる。大学病院や県立中央病院がある出雲市はもう少し近いが、一般道と高速道路を乗り降りして、ふつうの運転であれば1時間半を超えてしまう。車を使うなら出雲市よりも広島市の方が近く、いったん浜田道に入れば広島市内まで高速道路を下りる必要もない。一方、江津市在住の患者さんの場合は、出雲市に行く人もいる。江津市から出雲市までは、1時間ちょっとの道程である。
2.療養環境をめぐる「差」
しばしば声が出しにくくなり、四肢の麻痺も進むALS患者にとって、IT機器の進歩はまさに福音である。特に、パソコンを介して用いる「伝の心」は、声の代わりとなる強力な意思伝達システムで、そこからインターネットを利用することもでき、外出をしにくい患者さんでも、遠隔の人々や世界と繋がることが可能になっている。
しかし、現在の浜田市・江津市の患者さんには高齢者が多く、パソコンやネットが苦手なため、代わりにより簡便な機器である「レッツ・チャット」を使ったり、文字盤を使ってコミュニケーションを図っているそうである。「レッツ・チャット」はパソコンに繋げる必要はないが、インターネットを使うことはできず、離れた人に直接メールするといったことはできない。
たしかにパソコンやインターネットは、ALS患者さんの行動の可能性を大幅に広げたが、その分、パソコンを使える人と使えない人とのあいだに格差が生まれていることも事実と思われる。ALS患者をめぐる生活環境の充実のためには、パソコンやインターネットを使える人と使えない人の両方に配慮する必要がありそうである。
3.生活の楽しみ
外出など、生活の楽しみについてどうであろうか。在宅の患者さんの中には、外出をしたくないという患者さんもいるし、外出をしたいという患者さんもいる。入院患者の方についてはそこまで関わりが密ではないため、保健師さんもあまりよく分からないという。
北欧では「額に風を受ける権利」といった言い方をする人もいて、どんな人でも可能なかぎり外出できるということが、人間の基本的な権利として認められているそうである(備酒伸彦さん談)。ALSの患者でも、条件さえ揃えば外出可能な人は少なくない。今回は直接に患者さん本人の声を聞くことはできなかったが、娯楽や外出についてもまた、それが生活の必需品であり基本的な権利であるとして、患者さんの希望ができるだけ叶う状況をみんなで整えたいところである。
難しいのは、患者さんもそのご家族も、本当に希望するところを口に出さずに心に収めてしまうことである。それは、外出や娯楽についてだけではなく、「病院ではなく在宅で」といった選択についてもそうである。その背景には、「周囲に迷惑をかけたくない」という思いや、「こんな難病なのだから」という諦めの気持ち、あるいはお世話になっている(ならざるをえない)施設やスタッフの心象を害したくないといった配慮がある。このことは、たんに患者・家族の気持ちの問題ではなく、そのように配慮をせざるをえない社会環境の厳しさの問題である。
今回お話を伺った保健師さんたちも、できるだけ患者さんの希望に添って動くつもりでおられる一方で、患者さんやご家族から「本当の気持ち」を話してもらえるかどうかというところに壁があるという。これと同じ話は、ALSのような難病の患者について、ほとんどどこでも耳にすることである。
4.おわりに
お話の中から窺われたのは、地域の限られた資源の中でも、患者・家族および関係者の方々が工夫をしてやりくりしている様子である。もちろん今回は個々の患者さんの状況を直接見聞したわけではなく、なお分からないことも多い。個別の事情の見えにくさは、外部との繋がりや横の繋がりを持ちにくい、地方に住む難病患者に顕著な課題でもありそうである。
また別の点として、浜田市周辺の患者さんには、松江市や出雲市に足を運ぶよりも、交通アクセスのよい広島県に向かう場合がある。もし益田市や鹿足郡に在住の方であれば、島根県東部まで行くよりも、山口県の方がはるかに近い。この意味で、西部地区の患者さんが情報を得たり、他県の患者さんと関わりをもてるように、ALS協会広島県支部や山口県支部との連携や協力を強めていくことも大切と思われた。