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会員さんのALS的日常 Vol.3 ―― 田中文江さん・琢夫さん

 出雲市の街中を流れる高瀬川沿いはサイクリングロードとなっているが、平成289月、その道に面したところにある田中さんのお宅を訪ねた。お宅の向こう側に広がる水田が、ちょうど実りの時期を迎えていた頃である。

 田中文江さんは、平成14年にALSを発症し、現在も自宅にて療養生活を送っている。この度お話を伺ったのは、妻である文江さんを14年間に渡って支えてきている田中琢夫さんである。ALSといえば多くのケアが必要な難病であるが、琢夫さんの口ぶりはいつも穏やかで、過去のご苦労について尋ねたときでさえ、多くを語らず淡々と、「いろいろありましたけどね」とだけ笑っておっしゃるような方であった。そうした言葉の裏にある琢夫さんのお気持ちを、想像しながら読んでいただければ幸いである。(インタビューと構成・諸岡了介) (さらに…)


会員さんのALS的日常 Vol.2 ―― 奥井学さん

 今回、出雲市に在住の奥井学さんにお話をうかがった。奥井さんは、いまから五年前の平成二十二年九月、六十二歳のときにALSの診断を受けた。

 山陰放送が制作し平成二十四年二月に放映されたドキュメンタリー「生きることを選んで」を見た方は、奥井さんのことを覚えているのではないだろうか。このドキュメンタリーは、現・ALS協会島根県支部副支部長である谷田人司さんと、その奥さんである佳和子さんの活動にスポットを当てた番組であった。この番組の中で谷田さんとたびたび語りあっていたのが、奥井さんである。

 奥井さんは発症以来ずっと、気管切開をせずに生活をされている。番組撮影時から四年が経った今、たしかに病状は進行し、呼吸を助けるマスクと唾液を吸引するチューブを常時付けるなど、しばらく上体を起こした姿勢でいること自体も苦しそうなご様子であった。しかし、お話の内容はどれも筋道がとおっていて、聞いているうちに、息苦しい状態でむりにお話をしていただいていることをつい忘れてしまうほどであった。

 以下、ほかの患者さんの参考になればと、具体的なアドバイスを含めて、奥井さんがしてくださったお話を紹介したい。(インタビューと構成・諸岡了介) (さらに…)


会員さんのALS的日常 Vol.1 ―― 永島修一さん・繁子さん

 平成二十六年九月、いまは松江市となった旧東出雲町にある、ALS協会島根県支部会員の永島修一さん・繁子さんのお宅をお訪ねした。永島さん宅は中海のすぐそばにある。少し歩いて土手にのぼると、中海の向こうに大山が浮かんで見える絶好の景色で、春の時分には桜並木も美しいそうである。

 平成十年、六十歳のときにALSを発症した修一さんは、以来自宅と病院の両方を行き来しながら療養生活を送ってきたが、昨年の冬に体調を崩してからは病院での生活が続いている。この日は、一番身近で修一さんを支えてきている奥さまの繁子さんに、これまでの療養生活についてお話を伺った。突然のお願いにもかかわらず、ALSという情報の少ない病気について、少しでも続く患者・家族のためになればと、快く依頼に応えてくださったことに感謝を申し上げたい。(インタビューと構成 諸岡了介) (さらに…)


平成24年6月9日(土)13時30分~16時に松江市総合福祉センターにおいて行われた、日本ALS協会島根県支部総会・交流会に島根県立大学出雲キャンパスの学生1年~3年次生の13名が参加しました。そのときの学びと感想をまとめました。 (さらに…)


景山 敬二

 私はよく「どうしたらそんな笑顔でいられるの?」と尋ねられます。もちろん嫌な顔もしますし、泣くことも多々あります。むしろ気分が顔に出やすいほうです。人前で外面が良いだけなのです。では、なぜ造ってまで笑顔でいるのか。

「笑顔は究極の癒し」講演や会合で度々使う言葉です。他人の笑顔はもちろん、自分が笑顔でいることが大切です。笑っている時は病気を忘れられるので、看護師さんやヘルパーさんの言い間違いなど些細なミスを見逃さないようにしてでも笑っています。粗探しをされる方はたまったものじゃないでしょうが、どうかご勘弁を。 (さらに…)


H18/5月発行の支部広報誌『JALSAしまね』に掲載


3月になって、我家のプランターの小さな椿の木も幾つか花を咲かせました。花ごとポトリと落ちるので嫌われる人も多いのですが、良く見ると落ちてなおその花弁は艶やかです。花弁が痛んできても、雄蕊雌蕊は凛としています。寺社の境内や山道などで、椿の絨毯が敷き詰められた景色に心奪われたことのある人もきっと多いでしょう。私達ALS患者は椿の花のように思えてなりません。

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